【レポート】エディンバラ・フェスティバル・フリンジにて劇団「鹿殺し」による「Shoulder pads 『1 Shoulder pads -GALAXY TRAIN- Japanese musical theatre』」が上演

レポート

夏の訪れとともに、スコットランドの首都エディンバラで、今年もエディンバラ・フェスティバル・フリンジが開催された。

町の至るところで多彩なパフォーマンスが繰り広げられるこのイベントは、観光客はもちろん、数多くの批評家やメディア、著名人までも惹きつける世界規模の芸術祭である。

参加に資格は不要。申請さえすれば誰もが舞台に立てる一方で、評価はすべて観客と批評家に委ねられる。成功も失敗も丸裸にされる真剣勝負の場だからこそ、未来を切り拓こうとするアーティストたちが世界中から野心とともに集結するのだ。

その群雄割拠の場で、ひときわ熱い注目を浴びたのが日本の劇団「鹿殺し」だ。旗揚げ以降挑戦を続けてきた彼らは、常に演劇の可能性を押し広げてきた存在である。今回エディンバラ・フェスティバル・フリンジに挑むのは、劇団員の菜月チョビ、丸尾丸一郎、橘輝、浅野康之に加え、島田惇平、谷山知宏という6人の精鋭達。

チケットは初日から連続完売! さらにスコットランド最大の新聞The Scotsmanからも絶賛されるなど、その勢いは留まることを知らない。

その活躍の理由を探るべく、メディアクトは現地から熱気あふれる公演のレポートをお届けする。

「Shoulder pads 『1 Shoulder pads -GALAXY TRAIN- Japanese musical theatre』」――原作は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。日本が誇る児童文学の最高傑作だ。

幕が開き、最初に舞台に現れたのはジョバンニ役の菜月チョビ。日本語と英語を織り交ぜた、この作品ならではの言語感覚を観客に説明する。菜月に向けられる観客の眼差しは熱く、すでに笑い声も起き始めていた。

続けてタキシード姿で登場した男性陣が、菜月の伸びやかな歌声に合わせて次々と衣装を破り捨てる。歌舞伎の引き抜きを思わせる早変わりで衣装が真ん中から裂け、肩パッドを股間に当てた“ショルダーパッズ”たちが誕生するのだ。肌色の面積はやたら多いのに、むき出しの筋肉にはどこか芸術性すら漂う。「一体何が起きているんだ?」という混沌が爆笑を生み、観客は否応なく作品に引き込まれていく。

ジョバンニは、孤独な少年だった。父は行方不明、母は病に伏し、学校ではいじめられながらも生活のために働き続けていた。

学校の場面では浅野康之演じる教師もやはり裸で、生徒たちは空気椅子で授業を受けていた。一秒ごとにツッコミどころが噴出するのに、物語の中心はしっかり「銀河鉄道の夜」を貫き続けている。そのギャップが面白さを加速させているのだろう。

七夕の夜、親友カムパネルラ(演:丸尾丸一郎)に誘われ、ジョバンニは銀河を走る不思議な列車に乗り込む。列車が星から星へと渡るたび、彼らは奇妙で美しい魂たち――発掘学者とその助手、癖が強すぎるシスターたちなど――に出会う。

目まぐるしい早着替えや七変化、鍛え抜かれた肉体のパフォーマンスが途切れることなく続き、劇場内は不思議な熱気と一体感に包まれていた。日本とは違い、観客達は公演中で素直に笑ったり感想を囁き合ったりとリアクションが素直なのが印象的だ。だからこそ、観客全員がこの作品にのめり込んでいくのが空気を介して伝わってきた。

なお筆者はその熱量に圧倒されつつ、同時に「尻にも表情がある」という事実を初めて思い知った。文字通りその身ひとつで喜怒哀楽を表現するショルダーパッズたちの姿は客席を巻き込み、言葉の壁を軽々と飛び越えているように見えた。

ジョバンニはカムパネルラとずっと一緒にいたいと願うが、旅の終着駅でカムパネルラから別れを告げられてしまう。目を覚ましたジョバンニは、カムパネルラが七夕の夜に人を救おうとして溺死したことを知る。

残されたのは、ふたりの物語が詰まったノートとカムパネルラの最後の言葉だけ。

“We were born from the Big Bang — everything you meet in this world is part of me.”


最初は笑いの渦に包まれていた会場も、物語が進むにつれていつしか静かな空気に満たされていた。最後に湧き上がった熱い拍手は、今作が観る者の心に深い感動を刻み込んだ何よりの証明だった。

改めて振り返ると、この作品でまず強烈な印象を与えてくるのはやはり衣装(と記すのが適切かは少々怪しいが)だろう。役者たちがまとっているのは肩パッド一枚のみ。世界最小と呼ぶにふさわしいその衣装は、コロナ禍での予算削減と感染症対策から生まれたという。

大事な部分以外をすべて曝け出した格好に最初は意識を持っていかれそうになるが、不思議とすぐに気にならなくなる。なぜなら、この作品の真価は見た目にあるのではなく、役者たちの放つ言葉と熱量そのものに宿っているからだ。

衣装に頼らずとも、声と肉体が雄弁にすべてを物語る。感情が国境を越えてダイレクトに伝わり、観客が物語に引き込まれていたのがその証拠だ。コミカルで愛おしいやり取り、真っ直ぐな表現、全力の身体表現、それらすべてが混ざり合い、笑って泣ける極上の音楽劇を生み出していた。


断言したい。

鹿殺しによる「Shoulder pads 『1 Shoulder pads -GALAXY TRAIN- Japanese musical theatre』」は稀代の名作である。観る者の心に触れ、勇気を与え、迷ったときには進む道を照らす光となる。きっと観劇をした者にとっては、人生においていつまでも輝き続ける星となるだろう。

2025年11月30日からは、下北沢駅前劇場での凱旋公演が控えている。世界を揺さぶった舞台は、必ずや日本でも新たな伝説を刻むだろう。海外での経験を経てより輝きを増した彼らの姿が、どうか日本で一人でも多くの人に届くことを願っている。

取材・文・写真:水川ひかる