【ゲネプロレポート】舞台『白蟻』AIと葬儀をテーマに人の繋がり、家族といった現代社会に生きる者が直面する生命の在り方を描く

レポート

現代社会において、急速な普及をみせる人工知能(AI)。特に2010年代前半から現在にかけてはディープラーニングなどの技術が発展し、多くの実用的なAIの可能性が切り拓かれてきた。
西洋においてはAIが主に工学技術として発展している反面、日本はその文化的・宗教的思想からAIに対してひとつの「生命」というイメージを持つ者も少なくない。いわゆる擬人化キャラクター的なAIが馴染み深いものになっている昨今、「人が作ったものは生命になり得るのか」、――そんな疑問を抱いたことがある者もいるのではないか。

6月6日からの4日間、KAAT神奈川芸術劇場にて上演される今作『白蟻』もまた、AIと葬儀をテーマに人の繋がり、家族といった現代社会に生きる者が直面する生命の在り方が描かれている。

主演を務めるのは、平野良と多和田任益。“昭和が生んだ最後の天才”櫛本悟と、葬儀社を継いだ勢堂直哉の2役を2人が演じる、「交互配役」が話題を呼んでいる。
脚本・演出は「あやめ十八番」代表の堀越涼が務める。過去にも堀越は“家”をテーマに多くの作品を執筆しており、今作においても自身の実体験を昇華した要素を取り込んでいるという。

メディアクトでは、櫛本を平野良、勢堂を多和田任益が演じたゲネプロ公演の様子をレポートする。


2018年、櫛本率いるTermite社が第二次AI革命を引き起こした。職場や家庭にも人型のAIは広く普及しており、人々は徐々にその快適さを受け入れつつあった。とはいえ機械によってもたらされる恩恵をありがたく思う反面、勢堂の父・譲(演:山森信太郎)など、その存在を受け入れられないものも多い。
そんな中、勢堂の営む葬儀社にAIの弔いを求める男が現れた。人ならざるものであるAIを弔う意味とは。AIは本当に人にはなり得ないのか、人を人たらしめるものとは何か――。物語は、2025年の元日に向けて進んでいく。

今作では、高校生徒会メンバーの精神的繋がりが紡ぐ男同士の愛憎劇、いわゆるブロマンスも物語の核となっている。憧れる側と憧れられる側、依存する側と依存される側。勢堂と櫛本という人間はどこまでも対極のようにも見えるが、どちらも根底には真っ直ぐな純粋さがある。
純粋さとは、時にエゴとなり周囲とのすれ違いを生むものだ。2人が負った傷や葛藤が、堀越脚本の妙である言葉の美しさによって丁寧に描かれている。

2人を中心とした物語は、現代と過去を織り交ぜながら展開していく。1990年代と現代を行き来する世界の橋渡しとして重要な役を担うのは、今村美歩演じる櫛本美緒。
美緒をはじめ、今作では主役2人を取り巻く人間たちも、それぞれの人生が想像できてしまう程自然に描かれていることが印象的だった。
新渡戸淳(演:松島庄汰)は、アナザーストーリーの主人公のような立ち位置。櫛本と勢堂とは高校時代を生徒会の一員として共に過ごしたが、今は家業の寺を継いで住職となっており、物語の軸とは少しずれたところで生きている。どちらかと言えば観客寄りの人間のように感じられる新渡戸の存在のおかげで、より深く作品に入り込むことができた。
もう1人の生徒会メンバーである、木葦恭介(演:谷戸亮太)の存在も欠かせない。医者になった木葦は口調こそ淡々としており「倫理観が欠けている」と形容されることもあるが、不思議な茶目っ気に溢れた人物だ。
内田康子と溝畑藍が演じる勢堂葬儀社で働く女子社員たちは、テンポのよい会話で身近な日常感を演出する。保坂エマが演じる勢堂の母・智美の存在は家族の繋がりを強めており、終盤での譲とのやり取りに胸が締め付けられる。
登場人物たちがリアルな人間だと思えてしまう分、AIと人間の差異がより際立ち、観客に表現し難い違和感や不安を抱かせるのではないだろうか。
AIの大黒(演:島田惇平)は、その最たるものとして異質な存在感を放つ。コンテンポラリーを取り入れた身体表現で、人ならざるものの質感を見事に演出。生身の肉体と無機質さが融合し、作中におけるAIの不気味さを際立たせていた。
アンサンブルは斜度のある舞台上で時にAIを、時に野犬を、肉体を惜しみなく使って表現する。

『白蟻』はAIが中心に据えられたテーマではあるが、サイバー感は少なく、むしろリアル寄りの空気が印象的。テンポよく重ねられる会話量は膨大だが、すんなりと耳に馴染む。時代を行き来する展開にも難なく入っていけるのは、緻密に計算された演出と演者たちがひねり出す感情がぴったりかみ合っているからだろう。約2時間の上演時間を通して、物語に没入することができる。

また、今作では音楽や効果音をすべて楽隊が演奏する。過去作品の『沈丁花』などと同様、あやめ十八番の音楽監督の吉田能が演奏を指揮。景色を鮮やかに演出することはもちろん、登場人物の感情とリンクする生演奏は何とも贅沢である。

物語が終盤に進むにつれて、科学では成しえないものが次第に浮き彫りになっていく。“人類の時計を百年進めた天才”櫛本がその生涯を賭けて導き出した答えが、観劇後に切ない余韻を生む。
結末を見届けた時には、『白蟻』というタイトルの意味も理解できるに違いない。
優れた作品とは、何年もの時を越えて愛され続けることが常だ。今作も観劇した者の琴線に触れる名作であることは確かだが、あえて2024年の“今”だからこそ見るべき作品だと主張したい。
とはいえ本公演は、チケットが既に完売状態。惜しくも劇場での観劇が叶わない方は、ぜひ配信を楽しんでほしい。
きっと、人生に残る体験となるだろう。勢堂にとって、櫛本と過ごしたひと夏がそうであったように。

舞台『白蟻』は神奈川・KAAT神奈川芸術劇場にて6月9日(日)まで上演される。

公演概要

CCCreation Presents
提携:KAAT神奈川芸術劇場

舞台「白蟻」

脚本・演出:堀越涼(あやめ十八番)
出演:平野良 多和田任益
   松島庄汰 島田惇平 谷戸亮太 今村美歩 
   山森信太郎 保坂エマ 内田靖子 溝畑藍 齊藤広大
   伊藤南咲 酒井和哉 笹川幹太 竹内麻利菜 藤江花 

チケット情報
・S席:9800円(全席指定・税込) 
・U-25:6500円(全席指定・税込)
※当日年齢の分かる身分証提示。
・パンフレット付きS席:11,500円(全席指定・税込)
※パンフレットは当日劇場にてお渡し

演奏:吉田能 吉田悠 福岡丈明
アンダースタディ:國崎史人 熊野ふみ

スタッフ:
音楽監督:吉田能(あやめ十八番)
美術:久保田悠人
振付ステージング:木皮成
照明:南香織
音響:田中亮大
衣装:小野涼子
ヘアメイク:成谷充未
舞台監督:土居歩
演出助手:岩狹舜

公式HP:https://www.cccreation.co.jp/stage/shiroari/