【レポート】観客に"海"が見える作品を目指して!舞台『ヴィンランド・サガ』稽古場レポート

インタビュー レポート

舞台『ヴィンランド・サガ』が、4月19日(金)より東京・こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて上演される。

今作は、舞台企画集団DisGOONie初の原作付き舞台としても話題の作品。西田大輔が脚本・演出を務め、主人公・トルフィンの過去やアシェラッドとの出会いを描く「海の果ての果て 篇」、過酷な政権争いの渦中に置かれた実在のデンマーク王子・クヌートにフォーカスする「英雄復活 篇」の2作同時上演に挑む。

メディアクトでは開幕直前の稽古場を取材。白熱する稽古の様子と、キャスト陣+西田大輔からのメッセージをお届けする。

■稽古場レポート

都内某所の稽古場に、朝から活気あふれる声が響く。集合時間より早く集まったキャスト陣が自主的な稽古に取り組む声である。


武器を手に、アクションを確認する者。真剣な表情で芝居の流れを話し合う者。抑揚を変えて1つのセリフを繰り返し、最適解を探る者。ときどき弾けるような笑い声が上がり、その一瞬だけ彼らの空気がふっと和らぐ。研ぎ澄まされた真剣さと豪快な笑い声のギャップは、作中のヴァイキングたちを思い出させる。

入口から「おはよう!」とよく通る快活な声が聞こえ、とたんに場の空気がピリッと切り替わった。稽古場に現れたのは演出家の西田大輔だ。演出卓の周りに集合する俳優たちから、独特の緊張感と高揚感が伝わってくる。

この日の稽古は、主人公トルフィンによるクヌート王子奪取のシーンから始まった。


デンマーク王国の第二王子クヌート(演・北村諒)は、敵対するイングランド軍の猛将トルケル(演・林野健志)に戦争捕虜として捕えられ、森の中を移動させられていた。そこへ、アシェラッド(演・萩野崇)率いるヴァイキングの傭兵集団が現れ、クヌート王子奪取のため罠を仕掛ける。アシェラッドは森に火を放ち、火災による混乱に乗じてトルフィン(演・橋本祥平)を王子の確保に向かわせる……というシーンである。

このシーンの鍵となるのが、視界を妨げる「煙」の存在だ。「舞台が煙で見えにくくなる分、声をしっかり出そう。観客の視線を引っ張ろう!」と、西田の指示が飛ぶ。ステージという限られた空間の中、高さや奥行きに加えて、観客の五感までフルに使って作品の世界を展開させる。

このシーンでは、敵味方の区別がつかず混戦状態に陥った「無数の兵士」を、少数のキャストで表現する必要がある。どうすれば大人数の迫力が出るか、また戦闘シーンをどれだけダイナミックに見せられるか。演出家の西田は、言葉だけでなくキャストと一緒に動きながら、数々の課題を解決していく。

今作、西田が最もこだわっていることの1つが、「原作を読んだときに浮かぶイメージを、舞台の観客にも味わってもらうこと」だと言う。2次元を3次元に引き寄せる、まさに2.5次元を立ち上げる作業が、演者の肉体と精神、そしてあらゆる技法を駆使して行われる。

西田は、自身の頭の中にある景色を具体的な身振り手振りでキャストに伝える。とくに殺陣の指示は非常に細やかで、素人の目にはとても覚えられないような複雑な動きの組み合わせに見えた。だが、トルケル役の林野は一発でそれを再現してみせる。

一方、セット上に待機していたトルフィン役の橋本は、「軽やかさを表現しながら降りてみて」という西田のシンプルな指示を受け、本番さながらの華麗なアクションを披露した。アドリブとは思えないほどのスムーズな動きに、キャスト陣から拍手が起きる。

今回アクションシーンが少ないクヌート役の北村は、従者ラグナルを演じる佐久間祐人と綿密に打ち合わせを重ねていた。原作のクヌートは、このシーン、どこか諦めたような表情や戸惑う様子を見せるばかりで、周囲で戦闘が始まっても状況をいまいち理解していない。そんなクヌートを演じる北村も、稽古では位置的に周囲の動きを把握しづらいポジションにいた。西田にそのことを心配されると、「クヌートの気持ちがよく分かる。結果オーライです」と答えて場を和ませた。

全体の動きに迷うと、西田とキャストたちはセットを模したミニチュア模型の前に集まる。今作では、可動式の巨大なセットが複雑に組み合わさって様々なシーンを表現するため、模型でステージ全体を俯瞰して、位置関係を把握する必要があるのだ。

役者と装置の動きがある程度決まると、短く区切ったシーンをいったん通して、芝居を確認する。この日は、ほんの2〜3分のシーンを1時間ほどかけて丁寧に作り込んでいた。何度も動きを模索した後、通しの芝居がバシッと決まった瞬間は、見ているだけでも爽快だ。

舞台の稽古はこの地道な作業の繰り返しであり、本番の公演はこうして積み上げられた「爽快な瞬間」の連続なのだと気付かされる。これだけ丁寧に作られているのであれば、観劇が(ときに観ているこちら側まで消耗するほど)濃密な体験になるのも納得だ。

■キャスト・演出家インタビュー

稽古取材後、その日参加していたキャストたちに加え、演出の西田大輔がインタビューに応じてくれた。


――まずは、ご自身の役の見どころを教えてください。

橋本祥平(トルフィン役):トルフィンは、父の敵(かたき)であるアシェラッドに対して、強い復讐心を抱えながら付き従っているという、複雑な役どころです。その心の動きはもちろんのこと、見ごたえのあるアクションシーンもたくさんお届けできるよう頑張るので、ぜひ両方に注目してほしいです。

北村諒(クヌート役):クヌートは、最初はあまり意志を持たない人形のような印象。そんな彼が、大切な人の死をきっかけに色々な物事から影響を受けて成長していく部分を、とくに大事に演じています。序盤と終盤で大きく変わる、彼のギャップを堪能していただけたらなと思います。

萩野崇(アシェラッド役):僕の役は、トルフィンとクヌートの2人を中心に、たくさんの人の人生に影響を与えていく男です。演じる上でも、登場するキャラクター全員に影響を与えられるような存在でありたいですし、お客様にも何か、わあっ!と響くようなお芝居をしたいと思っています。

佐久間祐人(ラグナル役):ラグナルは、いつもプンスカ怒っていて、何か喋ろうとする度に誰かに止められるような(笑)ちょっとお茶目なところのある人物ですが、とにかくクヌート殿下にまっすぐ仕え、クヌート殿下をお護りするためにひたすら頑張っているので、そこを見ていただけると嬉しいです。

林田航平(ヴィリバルド役):ヴィリバルドは、神父として、ラグナルと一緒にクヌート殿下に仕えています。当時この地域で神父といえば、教師のような存在です。ヴィリバルドは普段お酒ばかり飲んでいる人物ですが、彼が王子と交わす会話は、クヌートに成長のきっかけを与えます。お客様にはそこにぜひ注目していただきたいし、その時に至るまでのヴィリバルド自身の成長もお見せしたいです。

澤田拓郎(アトリ役):アトリは、トルグリム(演・田上健太)という名の兄とともにアシェラッド兵団に所属しています。萩野さん演じるアシェラッドのもと、「上に立つ者がいれば下で付き従う者もいる」という、現代社会でも共感していただけるような存在ですね(笑)。お客様の目線に近い立場でもあるこの兄弟を、田上くんとともに魅力的に演じていきたいです。

加藤靖久(アスゲート役):僕の役は、実在したと言われる伝説のヴァイキング「のっぽのトルケル」の配下です。偉大なトルケルの生き方に惚れ込んで、行動を共にしています。林野くんの演じるトルケルも本当に魅力的なので、彼とアスゲートとの関係性を目に焼き付けていただけたら嬉しいです。

磯貝龍乎(ビョルン役):僕が演じるビョルンは、アシェラッドの右腕的な存在です。見どころは……某ゲームの主人公のごとく、きのこを食べて強くなるところです!(笑)

林野健志(トルケル役):トルケルは、かつてトルフィンの父親・トールズとともに戦い、世界でたった1人「自分より強い」と認めたトールズに、ある種の憧れを抱いています。トールズの言った「本当の戦士」という言葉の意味をずっと追い求め続ける中で、彼の息子であるトルフィンに出会い、戦っていきます。迫力ある戦闘シーンで、トルケルの怖さ、楽しさ、喜怒哀楽をお客様にどんどんぶつけ、会場のスペース・ゼロを『ヴィンランド・サガ』の世界の空気で満たしたいです。

西田大輔:今回上演する「海の果ての果て 篇」(以下、海篇)と「英雄復活 篇」(以下、英雄編)は、2作品合わせて1つのクライマックスに辿り着きます。物語の根底を見せる「海篇」と、大きなうねりを見せる「英雄編」。2作に分けてはいますが、原作者の幸村誠先生の言葉をお借りすると「ここまでがプロローグ」というストーリーです。
舞台の見どころとしては、やはり生身の人間ならではの動きや息遣いを通して、時代のうねりや過酷さの生々しい手応えまで伝えることができたらと思っています。海にいる、と自称しながら「陸(おか)」にいるような舞台にはしたくないという思いがあり、芝居を駆使してお客様の心の目に「海」を見せていきたいです。


――稽古場での印象的なエピソードはありますか?

萩野:セットの模型の周りに集まって、次の場面の作り方をみんなで話し合うことが多いのですが、僕はそれがすごく印象的です。全員でアイデアを出し合って、ああでもない、こうでもないと相談しながら作っている時間が、非常に楽しく、美しいものに感じます。

――DisGOONie初の原作付き舞台ですが、稽古において今までの作品と異なる点はありますか?

北村:僕は、良い意味で「全く変わらない」と感じています。

橋本:うん、そうだね。稽古そのものはオリジナル作品と変わらない空気感です。

西田:でも僕から見ると、俳優たちの動きや意識はやっぱりさすがと言うか、原作をさりげなく表現する技術が高いなあと驚かされます。
原作のコミックスはもちろん常に見返しますが、そこに描かれている絵の形を「そのままトレースすればいい」というわけではないんです。そのことを、僕が細かく指示を出さずともキャストたちが自然と理解していて、あくまでも舞台だからこそできる表現を全員で模索していく空気が共有されています。原作を受けて生まれた各自の感情の表出が、折り重なって一致していく……この手応えは、原作付きならではの面白さかもしれません。
そう考えると、「2.5次元」という言葉は本当に興味深いですね。3次元を生きる人間が、2次元である原作の世界観に溶け込もうとする感覚を、改めて面白いなと感じています。


――今作を大きな船に例えると、ご自身はどのようなポジションで戦っていらっしゃると思いますか?

林野:僕は身体が大きいので、船の一番後ろで、沈まないようにバランスを取る重しのようなイメージでおります。

磯貝:僕はアシェラッドの右腕なので、萩野さんの右側を担う支えになりたいです。

萩野:それじゃあ、僕は左側に行こうかな(笑)。役としては海賊の首領を務めていますが、僕としてはみんなと一緒に力を合わせて頑張るのが楽しいです。船の右側の漕手はビョルンに任せられるとのことなので、僕は左側の漕手を担います。

橋本:僕はもう、船が島に着いたら真っ先に上陸して戦闘に向かう「戦闘員1」です。特攻隊長ですね。

北村:クヌートは、やっぱり船首の飾りかな。シンボルとしての存在感を大切にしたいです。

佐久間:それじゃあ僕は、船首を務める諒を後ろから抱きかかえて護ります。

林田:僕はですね……酒蔵にいるドブネズミです。(一同:笑)

加藤:僕のイメージは、いざというときに千切れてはいけない頑丈な綱。ここぞというピンチのときに、船全体をぐっと繋ぎ止めて支えられるような、強い綱になりたいです。

澤田:僕は、船底の床板。これはかなり大事なものですからね。船底からカンパニーを支えます。


舞台『ヴィンランド・サガ』は、こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて、4月19日(金)より「海の果ての果て篇」が、23日(火)より「英雄復活篇」が上演される。


取材・文:豊島オリカ

【公演概要】
舞台『ヴィンランド・サガ』

原作:幸村誠『ヴィンランド・サガ』(講談社「アフタヌーン」連載)
脚本・演出:西田大輔
企画・製作:舞台『ヴィンランド・サガ』2024製作委員会
主催:DisGOONie/講談社
出演:トルフィン/橋本祥平 クヌート/北村諒
トールズ/中村誠治郎 トルケル/林野健志 ビョルン/磯貝龍乎
フローキ/村田洋二郎 ユルヴァ/山崎紗彩 ※「海の果ての果て篇」のみ ラグナル/佐久間祐人
ヴィリバルド/林田航平 アスゲート/加藤靖久 アトリ/澤田拓郎
耳/本間健大 ハーフダン/書川勇輝
アシェラッド/萩野崇

※山崎紗彩の「崎」は「たつさき」が正式表記

公式サイト:https://disgoonie.jp/vinlandsaga
公式X(Twitter):https://twitter.com/disgoonie
権利表記:©幸村誠・講談社/舞台『ヴィンランド・サガ』2024製作委員会