【プレ公演レポート】北村諒「全力で、死ぬ気で生きる一瞬に」舞台『ヴィンランド・サガ 英雄復活篇』

レポート

舞台『ヴィンランド・サガ〜英雄復活 篇〜』が、4月23日(火)東京・こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて開幕した。

原作は講談社『アフタヌーン』連載中の幸村誠による長編漫画。11世紀の北ヨーロッパを舞台に、激動の時代を生きる主人公・トルフィンやヴァイキングたちをはじめ、様々な人間の生き様を描く人気作だ。その初の舞台化となる今作は、DisGOONieの西田大輔が脚本・演出を務め、「海の果ての果て 篇」「英雄復活 篇」の2本立てで上演される。

19日(金)に開幕した「海の果ての果て 篇」(以下、海篇)では、復讐鬼と化した17歳の少年トルフィンの姿とその記憶を中心に描かれた。今作「英雄復活 篇」(以下、英雄篇)では、トルフィンと同い年のデンマーク王子・クヌートの苦悩と変化が描かれる。

この記事では、初日に先駆けて行われた「英雄篇」プレ公演の模様をお届けする。

『ヴィンランド・サガ〜英雄復活 篇〜』プレ公演レポート

「父よ、我らの父よ」――舞台は独白に似た祈りの言葉で幕を上げた。ステージ上には神父ヴィリバルド(演・林田航平)の姿。彼のささやくような祈りに、クヌート(演・北村諒)の声が呼応する。


デンマーク王国の第二王子・クヌートは、美しい容姿と優しい心を持つ17歳。王位継承順位2位の立場が仇となり、幼い頃から政権争いの真っ只中に置かれている。父であるスヴェン王はクヌートを疎み、あえて勝ち目のない戦争に駆り出した。クヌートは父の計略どおり、敵国イングランドの軍に捕らえられることとなる。

しかし捕虜として搬送される最中に急襲を受け、クヌートと従者ラグナル(演・佐久間祐人)、神父ヴィリバルドの3名の身柄はヴァイキングの一団に奪取される。ヴァイキングの首領アシェラッド(演・萩野崇)は、クヌートを父スヴェン王の元へ送り届けて褒美を得ようと目論む。王家の内情を知るラグナルは、その目論見が的外れであることをアシェラッドに告げることなく、クヌートの安全確保のため、ヴァイキングに従う決断を下す。

今作には様々な見どころがあるが、ラグナルの生き様はその1つだ。ラグナルは、王家で孤立するクヌートを我が子のように慈しみ、父親のようにあたたかな情を注ぎ続けてきた。そんな2人の関係を象徴するウサギ料理のシーンでは、ひょんなことから2人の食卓に招かれたトルフィン(演・橋本祥平)が加わる、いびつながらも家族のような穏やかな時間を垣間見ることができる。


今作では、「父」の概念がさまざまな形で描き出される。トルフィンにとっての父、クヌートにとっての父、そしてアシェラッドにとっての父。血の繋がりだけではない。実父以上に親身になってクヌートを支えるラグナルや、トルフィンの中で父と重なる複雑な存在感を持ってしまっているアシェラッド。そしてクヌートの教師でもあるヴィリバルド神父は、「天の父」に語りかける。「なぜ試練を与え続けるのか」「あなたの愛を疑っている」と。

ヴィリバルドの言葉が示すように、作中の人物たちには絶え間ない試練が降り注ぐ。イングランド軍から逃げるヴァイキングたちは、運悪く大雪に降り籠められ、寒さと飢えを凌ぐために近場の村を強襲する。村人を助けようとしたヴィリバルドはヴァイキングたちから暴行を受け、村人は容赦なく始末されてしまう。

同い年の少年同士として出会ったトルフィンとクヌートは、ほんの一瞬子どもらしい口論を見せたものの、友人と呼べる関係性には程遠い。トルフィンは復讐の呪縛に足をとられ、クヌートは決して得られぬ父の愛を求め、それぞれに苦しみ続ける。その張り詰めた均衡が破られることは無いように思えた。

しかし、とある出来事を経て「愛」についての1つの答えに辿り着いたとき、クヌートは劇的な変貌を遂げる。そしてクヌートの変化は、のちにトルフィンの復讐を驚くべき終焉へ導くこととなる。

クヌートの変貌は、硬く閉ざされたさなぎから苦痛を糧に全く別の生き物が生まれ出るような、壮絶な「成長」だ。北村が演じるその瞬間は燃えるように力強く美しく、あまりにも切ない。

北村は、演技力とともにアクションにも定評のある俳優だ。今作では目立つ殺陣こそ無いものの、北村がこれまでアクションで培ってきた技術が、全ての芝居に滲んでいる。たとえば、台詞の少ないアクションシーンで役の個性や心情を「動き」に落とし込むのは、北村が得意とするところ。今作ではその表現力が、何気ない姿勢や所作の1つ1つに惜しみなく発揮されている。

今作では、ただそこに立っているだけで鼓動まで伝わってくるような、役と北村の間で見えない殺陣が繰り広げられているような、不思議な感覚を味わえる。当然ではあるのだが、アクションと芝居は地続きなのだと改めて実感させられた。

一方で、芝居と地続きのアクションの方も、ちゃんと楽しませてくれるのがDisGOONieだ。「海篇」に続き「英雄篇」でも、個性豊かな登場人物たちによる豪快なアクションシーンの数々を堪能することができる。


とくに注目したいのが、因縁の対決とも言えるトルフィン対トルケル(演・林野健志)の決闘シーンである。「海篇」での戦闘以上に激戦となるこのシーン。身長差を活かして大胆に組み立てられたアクションはもちろんのこと、ストーリーとしても、トルフィンの父・トールズ(演・中村誠治郎)の過去や、トルケルの本音の発露、満身創痍のトルフィンとアシェラッドとの共同戦線など、たくさんの見どころが詰まっている。

アシェラッドの右腕・ビョルン(演・磯貝龍乎)も、「海篇」に続き大暴れしてくれる。アシェラッドと会話する際は穏やかなビョルンだが、狂戦士と化したときの猛獣のような迫力は圧巻だ。そして原作ファンはご存知のとおり、ビョルンについては終盤での決闘も絶対に見逃せない。

さらに、裏切り者の元部下と戦うアシェラッドの孤独な戦闘シーンも見応え抜群だ。普段の姿が飄々としている分、剣さばきの迫力が際立つ。多勢に無勢の状態で、全く退かないアシェラッドの強さは、のちに語られる彼の出自にも繋がってくる。

アシェラッドは今作において、トルフィン、クヌートに次ぐ3人目の主人公と言っても過言ではない、重要な人物だ。アシェラッドが抱き続ける信念は物語を大きく動かす原動力となり、その信念と故郷を天秤にかけられた際に彼が選ぶ究極の答えは、デンマーク王家を超えて歴史にまでうねりを巻き起こす。

登場人物ひとりひとりが、そこで確かに生きている。その熱量を肌で感じられる今作。3時間15分という上演時間だが、その長さを全く感じさせない興奮の連続が待っている。重いテーマを描き、観客の心に消えない問いをいくつも投げかけつつも、生きる活力を与えてくれる珠玉の一作だ。

原作者の言葉を借りれば、今回舞台で描かれたのは壮大なプロローグ。原作の世界はさらに先へと続いている。クヌートの覚悟の行方は、トルフィンの叫びの先の未来は、いったいどこへ向かうのだろうか。

カーテンコールではキャストがそれぞれに挨拶と意気込みを述べた。クヌート役の北村諒は、「初めて観る人は度肝を抜かれる作品になっているはず。たくさんの人に届けたい」と熱意を語り、さらに「クヌートの"惜しむような命ではない"という台詞に、動機は違えど自分もそんな生き方をしたいと感じます。いつ燃え尽きるか分からない命、どれだけの一瞬を全力で生きられるかが大切だと思う。舞台上から死ぬ気で作品をお届けして、観劇してくださる皆さんの生活の一瞬一瞬まで輝かせられるような作品にしていきます。応援よろしくお願いします」と挨拶。

またトルフィン役の橋本祥平は「トルフィンはめちゃくちゃ動く役で、この先、年を重ねるにつれてこういう役がどれだけできるだろうかと考えることがあります。でも(アシェラッド役の)萩野さんの背中を見ていると、やっぱり未来が楽しみだなと思えてくる」と笑顔を見せた後、「この一瞬、この汗が本当に宝物。尊敬できる方たちと一緒に作品を創れていることが幸せです。全員で千秋楽までたどり着けるよう、気を引き締めて頑張ります」と語った。

舞台『ヴィンランド・サガ』は、「海の果ての果て 篇」が4月19日(金)〜28日(日)、「英雄復活 篇」が23日(火)〜29日(月・祝)、それぞれこくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロにて上演中。当日引換券等の販売状況は公式X(旧Twitter)を参照。また、「海篇」「英雄編」ともに千秋楽公演の配信も決定している。

取材・文:豊島オリカ

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【公演概要】
舞台『ヴィンランド・サガ』

原作:幸村誠『ヴィンランド・サガ』(講談社「アフタヌーン」連載)
脚本・演出:西田大輔
企画・製作:舞台『ヴィンランド・サガ』2024製作委員会
主催:DisGOONie/講談社
出演:トルフィン/橋本祥平 クヌート/北村諒
トールズ/中村誠治郎 トルケル/林野健志 ビョルン/磯貝龍乎
フローキ/村田洋二郎 ユルヴァ/山崎紗彩 ※「海の果ての果て篇」のみ ラグナル/佐久間祐人
ヴィリバルド/林田航平 アスゲート/加藤靖久 アトリ/澤田拓郎
耳/本間健大 ハーフダン/書川勇輝
アシェラッド/萩野崇

※山崎紗彩の「崎」は「たつさき」が正式表記

公式サイト:https://disgoonie.jp/vinlandsaga
公式X(Twitter):https://twitter.com/disgoonie
権利表記:©幸村誠・講談社/舞台『ヴィンランド・サガ』2024製作委員会