【ゲネプロレポート】なくて七癖・曲者揃い、探偵たちの極上奇譚。主演・新木宏典の舞台「歌舞伎町シャーロック」

レポート

舞台「歌舞伎町シャーロック」が、5月17日(金)東京・IMM THEATERにて開幕した。原作は2019年10月より2クールにわたり放送されたオリジナルTVアニメ『歌舞伎町シャーロック』。架空の町・新宿區歌舞伎町を舞台に個性豊かな登場人物が暴れまわる、コメディありサスペンスありの独特なストーリーが人気を博した。

その舞台化第一弾となる今作は、シャーロック・ホームズ役を新木宏典、ジョン・H・ワトソン役を鈴木裕樹の、通称・ズキアラコンビが演じることでも注目を集めている。この記事では、初日に先駆けて行われたゲネプロの様子をお届けする。
(過去に本公演のインタビューを実施しているので、そちらも併せてご覧頂きたい:https://mediact.info/interview_info/11005/

舞台「歌舞伎町シャーロック」ゲネプロレポート

今作では、原作アニメの1クール目にあたるストーリー(切り裂きジャック事件の解決まで)が、再構成を交えつつテンポよく描かれていく。磨き抜かれた脚本・演出により、1時間40分の上演時間に原作の魅力が見事に凝縮されている。

架空の町・歌舞伎町の空気感や、ギラつくネオン、路地裏の暗がり。鉄骨やパイプを思わせる可動式のセットが、目まぐるしく変化しながら歌舞伎町のあの路地この路地を表現し、個性的な登場人物たちがそこを文字通り「所狭し」と闊歩する。
暗転を使わない場面転換や、多数のシーンとキャラクターたちが入り乱れるように登場する演出は、一見ごちゃつきそうに見えるが不思議なほどスマートで入り込みやすい。賑やかな喧騒に紛れる人間たちを隔てなく飲み込む、この町の懐の深さまで体感できる。

壁を挟んで東西に分かれた新宿區。この都市は、上流階級が暮らすウエストサイドと、混沌に満ちたイーストサイドに分断されている。悪事が跋扈するイーストサイドの中心に広がる、ネオン輝くきらびやかな場所、それが今作の舞台・歌舞伎町だ。


町の路地裏にひっそりと佇む「BARパイプキャット」は、「歌舞伎町のグレート・マザー」ことハドソン夫人(演・磯貝龍乎)の仲介のもと、夜な夜な集う探偵たちが依頼を請け負う「探偵長屋」とも呼ばれる。なくて七癖、曲者揃いの探偵たちは全員極めて個性的だ。


「成り上がりを夢見る童貞探偵」こと京極冬人(演・稲垣成弥)。

「策略家の小悪魔系ギャル探偵」ことメアリ・モーンスタン(演・佐倉初)と、「男前なシスコン探偵」ことルーシー・モーンスタン(演・古畑奈和)の姉妹。

「義理人情にアツいあんちゃん探偵」こと小林寅太郎(演・日向野祥)。

「生意気で頭脳明晰な高校生」ことジェームズ・モリアーティ(演・設楽銀河)。


そして、「落語を愛する変人探偵」ことシャーロック・ホームズ(演・新木宏典)。


そんな彼らのもとに、「平凡な依頼人」ことジョン・H・ワトソン(演・鈴木裕樹)が訪ねてくる。ワトソンは、壁の向こう側・ウエストサイドにある大学病院の医師だが、ひょんな出来事から命を狙われることになってしまい、シャーロック・ホームズの名前だけを頼りに解決を依頼しに来たのである。
治安の良いウエストサイド出身のワトソンは、子どもたちまでがスリに勤しむイーストサイドの日常風景に戸惑いつつも、なんとかBARパイプキャットに辿り着く。だがちょうどそのとき探偵長屋の探偵たちは、警察のレストレイド警部から「切り裂きジャック」事件について話を聞いている最中だった。


近年世間を騒がせている連続殺人犯・通称「切り裂きジャック」。その犯行は猟奇的で、美男美女を狙って殺害したのち生殖器を切り取り、被害者自身の血液で遺体の周りに天使のような羽根を描く。殺害された被害者の中には、新宿區長の愛娘であるアレクサンドラ・モラン(当時15歳)も含まれていた。
警察は血眼になって犯人を探しているが、捜査は難航中。レストレイド警部によれば、その切り裂きジャックの半年ぶりの犯行と思われる殺人事件が、つい先ほど起きたという。
探偵たちが各々調査を進める中で、ワトソンは無愛想で変わり者の探偵・シャーロックと行動を共にする。そして、シャーロックの鮮やかな推理を目の当たりにしたワトソンは、自身の依頼を聞いてもらうため彼の部屋に助手として転がり込むのだった。

今作では、複数の事件がスピーディに進行していく。だが抜群の脚本と演出、芝居のおかげで、物語の全体像と状況はスッと頭に入ってくる。とくに絶妙なのが芝居のテンポだ。台詞まわしが絶妙に心地よい原作の魅力を、しっかりと受け継いでいる。

個性的な登場人物たちを演じる、俳優たちの表現力も秀逸だ。実力派揃いのキャスト陣がそれぞれに深い愛情を持って役と接し、その人物の魅力を舞台ならではの手法で引き出すことに成功している。

新木宏典演じるシャーロックは、原作アニメからそのまま飛び出したような佇まい。猫背の立ち姿や不服そうな横顔、その振る舞いの端々から、偏屈で傍若無人な、それでいてなぜか憎めないシャーロックの人柄が伝わってくる。ニンマリ笑顔が現れたときの高揚感、推理落語の見事な演じ分け、そして怒涛の「寿限無」はまさに、シャーロックその人だ。とくに数度訪れる落語のシーンでは、背後に映し出される映像もあいまって、観客である自分までもが原作世界に入り込んでいるような臨場感が湧き上がる。

シャーロックが披露する落語そのものも、痛快な言葉遊びに満ちて楽しい。殺人を含むシリアスな展開もあるのだが、シャーロックの推理落語は、それをシリアスなまま笑いにスライドしてみせる。原作でも感じたその感触が絶妙に心地よく、三度目の推理落語が始まったときには心の中で "待ってました!" と掛け声を入れてしまった。

一方、鈴木裕樹演じるワトソンは、原作アニメの人物像に鈴木の体温が肉付けされた結果、生きた人間としての魅力がアグレッシブに引き出されている。超個性派のキャラクターたちが揃う今作にあって、ワトソンは唯一「平凡」と評される人物だ。善性の権化のようなその平凡さが逆に個性とも言えそうだが、少なくともワトソンは一般的な感覚の延長線上で行動するキャラクターである。
そして舞台版のワトソンは、その「平凡さ」によって観客と作品世界を交わらせる媒介のような役割を担っている。彼はいつも凡人の目線に立ち、観客が抱く内容に近い疑問を抱き、他のキャラクターたちから解説を引き出す。舞台「歌舞伎町シャーロック」の世界が、あの歌舞伎町の空気が、ワトソンの存在によって客席に溶け出し、こちら側と混ざり合う。「平凡」なワトソンが「平凡」なまま役者・鈴木の人間臭さを背負ったことで、作品世界の存在感そのものが強化されているのだ。

今作では、こうしたポジティブな化学反応がそれぞれの役と役者の間で生まれている。生真面目だからこそ人間らしい暴走が光る京極、あざとささえ魅力に変えてしまう愛らしいメアリ、クールに見えるが人一倍健気で騙されやすいルーシー、コワモテだが男気あふれる優しい寅太郎、誰よりもチャーミングで包容力のあるハドソン夫人。

そして、ホームズ譚といえば欠かすことのできない重要人物・モリアーティは、今作でもかなりのキーパーソンとなっている。彼は今作、様々なシーンでスッと目立たず登場し、気がつくとそこにいて、素晴らしく人当たりの良い笑顔で狂言回しのごとく会話を促し、いつの間にか去っていく。モリアーティを見つけたら、ぜひ彼の表情に注目してみてほしい。モリアーティを演じる設楽は緻密かつ繊細な表現で、原作を知っている人、知らない人に、それぞれ異なる驚きや感動をもたらしてくれるはずだ。

原作では、この先にさらなる衝撃の物語が綴られている。この愛ある座組で、あのストーリーを観てみたい。1人の原作ファンとして、そう願わずにはいられない公演だった。

舞台「歌舞伎町シャーロック」は、5月17日(金)〜26日(日)までIMM THEATERにて上演中。一部公演のライブ配信も決定している。

取材・文:豊島オリカ/撮影:ケイヒカル

■タイトル
舞台「歌舞伎町シャーロック」

■日程
2024年5月17日(金)~5月26日(日)

■キャスト
新木宏典(シャーロック・ホームズ)
稲垣成弥(京極冬人)
設楽銀河(ジェームズ・モリアーティ)
佐倉初(メアリ・モーンスタン)
古畑奈和(ルーシー・モーンスタン)
日向野祥(小林寅太郎)
磯貝龍乎(ハドソン夫人)
鈴木裕樹(ジョン・H・ワトソン)
■チケット料金
特典付き:10,500円(全席指定・税込)(非売品クリアファイル、非売品2Lブロマイド付き)
一 般 :9,500円(全席指定・税込)

■公式サイト
https://kabukicho-sherlock.delight-company.com/

■公式X(旧:Twitter)
@ksstage_oa